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『愛と呼ぶにはエゴすぎる』
愛と呼ぶには好きすぎる番外編SS
無人島に持っていくなら何がいいかと訊かれたら、まず真っ先に思い浮かぶのはナイフだ。
最低限ナイフさえあれば木も削れるし、魚も捌ける。あとは漂流物が流れてくればそれを使えばいいし、しばらくは生活には困ることもないだろう。
「禄之助は?」
一緒にリビングでサバイバル番組を見ていた禄之助に清正がそう訊くと、禄之助は迷いもせずに即答した。
「兄さんかな」
「僕って……、大した力にはならないぞ」
自分を持っていっても、禄之助にとってはお荷物にしかならない気がする。だが、禄之助は「そんなことないよ」と首を振った。
「兄さんがいれば頑張って生きようって思えるし、退屈しないだろ?」
にっこりと微笑まれ、清正はその可愛らしさに胸を押さえた。
「うっ、確かにな……。僕もお前がいれば心強い」
正直なところ、清正も考えたのだ。無人島に持っていくなら禄之助がいいかもしれない、と。だが、危険な状況に身を置くことに禄之助を巻き込んではいけないと、自制心が働いた。
自分は禄之助の恋人である前に、兄でもある。兄は弟を守ってやるものだという価値観に縛られている清正には、まず一番は禄之助の安全が最優先だ。
だから、ちらっと頭をよぎった答えを、見なかったことにした。
「兄さんは思わなかったの? 俺を持っていきたいって」
禄之助が目を眇めて、訊いた。
「そりゃあ、少しは思ったが……。でも、やっぱり無人島なんてところにお前を連れていきたくない。大変な思いをするのは僕だけで十分だ」
清正が答えると、禄之助はちらりとキッチンのほうを見て、コーヒーを淹れている美和子がこちらを見ていないのを確認してから、ぎゅっと手を握ってきた。
そしてそっと囁くように言う。
「俺だって兄さんにはしんどい思いをして欲しくないよ。でもそれ以上に、俺の傍から離れて欲しくない」
「禄之助……」
「もし無人島でそのまま独り死ぬくらいなら、俺は兄さんを道連れにする。ふたりきりの世界で、死ぬまでイチャイチャして、セックスしながら死ぬんだ。……我儘かな?」
握られた手に、さらに力が籠められる。
「我儘なんて、思うわけがないだろう」
清正はその手を握り返すと、掠めるようなキスをした。
「そう、そうだな……。禄之助と離れ離れになるほうが、ずっと苦しい。お前もそうだと言うのなら、無人島に持っていくのはお前が正解なんだろうな」
「でしょう?」
禄之助が満足げににっこりと笑みを深めた。その笑顔を見つめながら、思う。
――自分がひとり、無人島に流されてしまったら。
禄之助は毎日清正を探して泣くだろう。苦しい思いもするだろう。そんな思いをさせるくらいなら、いっそふたりで苦難を乗り越えるほうがずっといい。
それに、少しだけ想像してしまった。
誰の目も気にせず、日がな一日イチャイチャして、好きなときに手を繋いで、キスをして、セックスをする、そんな日常を。
男同士だとか、義兄弟だからと責められるわけでもなく、誰に対して罪悪感も持たなくていい。自由な世界だ。
「禄之助とふたりきりの世界、か……」
想像して、それにどれほど自分が飢えているのか、清正は気づいてしまった。
――もっと禄之助と恋人のように振る舞いたい。堂々と腕を組んで歩きたい。
だが、かと言って今の生活に大きな不満があるわけでもない。両親はやさしく、美和子だって頼りになる。気の置けない親友もいて、お金もある。心配といえば、禄之助が継ぐことになる会社くらいだが、赤字だった経営も今は黒字に好転していると聞く。
少しの我慢だけで、爆発するほどのものでもない。今の生活を手離してまで手に入れたいかと言われれば、答えはノーだ。
自分たちは、十分に恵まれている。
「兄さんと思いっきり自堕落な生活をしてみたいな。朝から晩まで布団から出ずに、さ」
禄之助がふっと呟いた言葉に、諦観が混じる。禄之助もわかっているのだ。そんな夢のような日々は、何かを犠牲にしなければ得られないということを。
「朝から晩までか……」
言われた言葉を反芻して、清正はテレビの画面を見るともなしに眺める。もうサバイバルの特集は終わっていて、代わりに温泉宿の紹介VTRが流れている。
「あっ」
それを見て、ふいに思いついた。
「そうだ、禄之助、温泉に行かないか?」
「あら、いいですねぇ。たまにはご兄弟でのんびり温泉旅行というのもいいかもしれませんよ」
コーヒーを持ってきた美和子にびくりとしながら、清正は繋いでいた手を離そうとする。だが、禄之助がそれを許してはくれなかった。それどころか、「いいね」と繋いだ手を高く上げて、清正をじっと見据える。
「兄さんと温泉旅行、俺も行きたい」
「この辺だと、草津や鬼怒川、箱根ですかね? あっ、でもせっかくですし、ちょっと足を伸ばして城崎や有馬もいいかもしれませんねぇ」
行くのは自分ではないというのに、美和子がはしゃいだ声をあげた。手を繋いでいるのを気にする様子もない。それにほっとして、清正は口を開いた。
「よし、じゃあ今から計画を立てようか。一泊二日じゃ短いから、最低二泊はしたいところだな」
「三泊はしようよ。ちょうど大学も休みに入るし。それから、なるべく人の少ないところがいいな」
意味深に禄之助が薄っすらと笑う。その笑みの意味を理解して、清正はぞくりと腰が疼くのを感じた。
「……そうだな。そうしよう」
束の間の現実逃避だ。
無人島ではないけれど、清正は禄之助を連れていく。そして思う存分、そこでイチャつけばいい。
「楽しみだな」
さっそくスマホで温泉地を検索しはじめた禄之助の肩に頭をもたれて、清正も笑みを浮かべた。
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