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『新たなる伝承』
孤独な神竜は黒の癒し手を番に迎える番外編SS
人の世は、随分と変わった。
科学が発展したおかげで魔法の使えない人間も何不自由のない生活ができるようになったし、世界のどこにいてもいろんな人間と繋がりを持てるようになった。船や飛行機はもちろん、電話やパソコンに至るまで、人間はあっという間に開発してしまった。
……まったく、便利な世の中になったものだ。
クロウがしみじみとそう思うのは、自分が生まれてもうかれこれ三百年は経ったからだ。
羽こそは生えなかったが、身体や魂はとうに神竜化しており、皮膚の一部には黒い鱗が生えている。見目は十八の頃とさして変わっておらず、番であるバラウル同様、いつの間にか長い時を生きる者となっていた。
街の人間が生まれては死に、親しい人を何人も見送った。そのたびに、もの悲しい気持ちになり、クロウはしばらく塞ぎ込む。
「大往生だったな」
「……ええ」
数十年前、アクラキャビクの街中で出会ってから交流のあった少女が、昨晩九十歳でこの世を去ったと報せが届いた。
「家族に看取られて、幸せな最期だったよ」と孫の青年がわざわざ電話をくれたのだ。
治癒魔法が使えるクロウでも、寿命には太刀打ちできない。
はあ、とため息をついて、クロウは山頂の家からアクラキャビクのあるほうを眺めた。少女を悼みながら、その魂が無事天に還れるよう、願う。
しばらくそうしているうちに、はらはらと雪が舞いはじめた。
「冷えるぞ」
季節はもう何度目かの冬だ。バラウルがそっとクロウを抱き寄せて、炎の玉を出した。バラウルの肩に頭をあずけ、クロウはぽつりとつぶやく。
「僕はあと何年生きられるのでしょうか」
神竜の寿命は五百年と聞く。バラウルは四百歳、クロウは三百歳ほどだ。もし寿命が正確ならば、バラウルはあと百年ほどで世代交代を迎える。クロウも、元が人間だったため、本当に神竜と同じだけ生きられるのか、わからない。
「さあな。俺だって、あとどのくらいかはわからんが……。ただ、まだまだ死ぬ予兆はないことは確かだな」
「数百年なんて永遠のようだと思っていましたけど、過ぎてしまえばあっという間ですね」
ふう、とため息が深くなる。
だが、クロウは自分自身の死が怖いと思って言っているわけではなかった。クロウが何より怖いのは、バラウルを遺して逝くことだ。
もし、何らかの事故で自分が先に死んでしまったとき、バラウルはまたひとりになってしまうのかと思うと、きゅうっと胸が締めつけられる。かと言って、新しい番を迎えられるのも、正直に言うと嫌だ。
しかしそれはバラウルも感じていることだったらしい。
クロウをやさしく抱きしめながら、ふいにバラウルが言う。
「子どもでもいれば張り合いが出るんだがな」
「え?」
しんみりしていた顔を上げ、クロウは訊き返した。
「子ども、ですか?」
「そうだ。子づくりの真似事は数えきれないくらいしてるんだから、そろそろ子どもができたっておかしくはないはずなんだが」
顎に手を遣り、バラウルはにやにやと笑う。からかっているのが見て取れたが、彼なりの励ましなのだとクロウもわかっている。
「男同士、しかも僕は元人間ですよ。神竜の子どもなんてできるわけないじゃないですか」
「だが、できたら嬉しいだろう?」
「そりゃあ、まあ、そうですけど……」
もし、本当にバラウルとの子どもができるなら、それほど嬉しいことはない。しかし、現実的に考えて、無理だというのもわかっている。
神竜は人間と違い、イオナドの山頂にいつの間にか生まれてくるものだ。しかもバラウルもその先代も生まれたときから巨大な竜の姿だったと言うし、赤ん坊時代はないらしい。人間の法則にはまったく当てはまらない生き物だ。
「神は気まぐれだからな。もしかしたらひょっこり赤ん坊が生まれるかもしれん」
「そんなまさか……」
「まあ、物は試しだ。これからは毎日、子どもが欲しいと願いながらまぐわってみることにしよう」
そう言って、バラウルがさっそくクロウの頬に口づけをした。
「もう、こんな日くらいちょっとは我慢できないんですか……」
そう文句を言いつつも、クロウは決してバラウルを押し返さない。
たとえこれが哀しみから逃れるための卑怯な術だったとしても、心が潰れてしまうよりはずっといい。何度も経験してきた中で、クロウが身に着けた心の保ち方だ。
バラウルにぐずぐずに溶かされて、クロウは快楽に身を投げる。
その中で、馬鹿げた願いだと知りつつも、クロウは先ほどのバラウルの言葉を思い出し、彼が胎内で弾ける瞬間、強く強く祈った。
――もし叶うなら、ふたりの愛の証が生まれますように。
はあはあと喘鳴が重なって、自分の中からバラウルが抜け出ていく。
「願ったか?」
バラウルが訊いた。
それに頷くと、満足げにバラウルは笑った。
「楽しみだな」
「そうですね。本当に生まれてくれるなら、たくさん愛情を注いで育てたいです」
まさかそれが本当のことになるなんて、このときのクロウは少しも思っていなかった。
ふたりの元に新たな神竜が赤ん坊の姿でやって来るのは、それからなんと数日後のことだった――……
新たなる伝承のはじまり
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